迷って、悩んで、でも笑ったりもして…。
それは2007年・夏から。四十路半ばにして、失業、手術~入院(しかも痔!)という 「踏んだり蹴ったり」、「弱り目に祟り目」な不運を経験。それ以降、日々日常の中で、時に前向き、時に自棄な出来事たちを紹介しています…。

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あまりに情けない初夢

初夢には「いつ見るか」に諸説あるが、やはり元旦の夜の就寝時に見た夢が初夢だというのが一番納得出来ると思う。
それで、昨夜~今朝に見た夢はというと、情けない夢だった…。
実際には、何度か目が覚めたりしたので何度か夢を見た。
しかしながら、夢というのは起きると忘れてしまうので、2つほどの夢の断片しか覚えていない。


ひとつはバスに乗った時の夢。
まず、始発のバスに乗り、席に座った。
バス会社によって作りも違うかもしれないが、都内を走るバスによくある降り口(後方ドア)付近の2人掛け席のひとつに座った。
その直後、運転席の方へ行って何かを確かめたかったのか(この辺りはっきり覚えてないが)、自分の座った席の上に小物を置き、足元に荷物を置いて運転席へ行ったら、そのタイミングで何人かが続いて乗り込んで来た。
用が済んで自分の席に戻ると、その隣に一人の男性が座っていて私の席のところに荷物が置かれてある。
そこで私は「すみません」と言ってその荷物(カバン)を男の方に寄せると、男は私の席の背もたれの角にそのカバンを掛け、「何だ、このバスは荷物も置く場所も無いんだ?」と言う。
ムッとして私は「そんなこと言ったら、他の会社には横一列のシートのバスとかありますよ。」と言った。
伝えたい意味はあるのだが、それをきちんと説明出来てないと自分で思っているのが情けない。
そもそも果たしてそんなバスがあるのか?あくまで夢なので整合性は無いのである。(笑)
すると男は今度は、ふてくされたように立っていた。
と、言うもの。
何なんだ?!この夢は!!
自分でもよく判らない…。
新年早々、意味の無いインネンをふっかけられる夢だなんて…情けない。


そしてもうひとつは映画館で映画を見てるのだが、内容はSFもので、小動物が突然異変で凶暴になって人類を脅かすというもの。
なんで小動物なんだ?
このあたりも情けない感じである。
そしてその映画はハイパー3Dのように自分がその映画の中にいるような錯覚になれるというのが売りになっていた。
なので、最初は席に座っていると(ちなみに縦の通路脇に座っていた)、その通路を凶暴になった魚がものすごく早く泳ぎ前方の壁にぶつかるとその壁に穴を開けて突き進んでいく。
その後、ペンギンが現れ同じようにものすごい破壊力で疾走する。
そして、次には自分が映画館の席に座っておらずに、映画の中にいた。
場面は、アメリカの田舎道を知人と思われる男と歩いていく。
そして私は、「これはリアルな感じを体現できる映画だから、ちょっとふざけたことをしてもそれが体現出来るのか?」と思い、何を思ってか「気をつけないとウンコとか踏みそうだなぁ、こんな道はー」と一緒にいた者に言うと、ホントにウンコが道に落ちているではないか!
「おおっ!」と思うとその先にもまたウンコが落ちている…。
そしてその先にもポツポツとウンコが落ちている!!
気をつけて歩いていくと、今度はいきなり男の大きな顔が現れ、「お」を言うときの口をしたかと思うと、口の中からゆっくりとウンコが出てくる…。
いや、マジで情けない!
なんでこんな夢なんだ!!
夢の中でもさすがに「これはリアルでは無いよなぁ」と一緒に歩いている者に話しかけて二人で苦笑いをした。
ただ、この2つ目の夢に関しては、自分の深層心理に思い当たる部分もある。
まず3D映画という点がひとつ。
これは、昔なら左右に青と赤のセロハンの立体メガネの3Dというが私の子供の頃の定番だったが、最近ではそうではない3D映画システムが出来てるそうなので見たいと思っていた。
ただ「アバター」って言ったっけかな、CGでいかにも作り物な映画が3Dで上映されるそうで、「もっとリアルな感じの映画なら見に行きたいと思うが、こんなんじゃ駄目だ」と思ったことがある。
そして、ウンコ…。
実は、12月に入ってから腹の調子が今イチで、実は昨日も一日に3度もトイレで大をした。
下痢ではないが何とも情けない感じの大便であった。
なので昨日は、腹痛で横になってビデオを見たり、ダビング・編集をしていたりした。
それが原因かと思う。


それにしても情けない。
今年47歳になる男の夢がこれですか?!
あ~、つくづく自分が嫌になる…。(苦笑)
今年も自分に期待するのは無理だなぁ…。

あけましておめでとうございます。

あけましておめでとうございます。
2010年を迎えました。
今年はどんな年になるのか?
自分も含め、世の中が穏やかに過ごせる年になってほしいですが、それはまだまだ無理ですかね・・・。
皆様にとって少しでも良いことが起きる2010年でありますように!

2009年大晦日

いよいよ2009年も終わります。
今年は元旦から失職生活のスタート、そして途中から全く新しい形態で仕事を始めました。
別れたあとに出会い有り、そんなことを象徴する一年だったかも知れない。


多くの有名人が他界し、知人も永眠しました。
プロレス好きの私としては、2009年の最後にスティーブ・ウィリアムス選手の逝去は最後にダメ出しくらった気分だ…。
しかし、今年後半には久しぶりに再会する人たちも多かった年でもあった。
全くの「新しい何か」でなく「久しぶりの再会」が「鍵」をにぎっていたようだ。
来年はその「鍵」で開く「扉」を探して、一歩先に進めればと思う。


テレビで「Dyanamaite!」も始まったことだし(笑)、今年はここまで。
皆様も良いお年を!
2010年がみんなにとって良い年であることを願っています。

ありがとう、Yおばちゃん!

クリスマスの直前に叔母と言って過言でない方がこの世を去った。
Yさんと言うその人は、叔母の家に住み込みで働いて、私が物心ついた時には、親戚同様で、そこには叔母が二人いたという感じであった。


Yおばちゃんは、もう何年か前に老人ホームに入居した。
93歳の完全なる老衰で去られたのだが、正直言うと「老“衰”」とは違う気がする。
なぜなら、当日の朝は歯医者に行って、戻ってきて何人かと話をして、自分の部屋に戻り、しばらくして職員が様子を見に行ったら、息を引き取っていたと言う。
老いたが衰弱してるとは思えない。
何も苦しまないまま、眠ってしまったら、そのまま天に行ってしまったようだ。
本当なら、理想的な死に方だ。


Yおばちゃんは強い人だった。
だから、絶対に100歳まで生きると思っていた。
強すぎて、問題を引き起こしたこともあったようだが…。(笑)
でも、私は他の親戚のおばさんと遜色ない感じで接してこれた。
自分が大人になった今、彼女が私に接してくれたその仕方に感謝している。
それは間違いなく「愛情」であった。
近くにずっといた私のいとこなどは、彼女のことを時に煙たがっていたようだが、それはずっと近くにいたからだろう。
彼女と最後に交わした言葉を覚えている。
老人ホームに入ってから、まだ一度も行ったことがなかったので、家族で行ったときのこと。
帰り際に私が「また来ますね。」と多少社交辞令的に言ったら、「こんなとこ、もう来んでいいよ!」とキッパリと言い返してきたのだ。
しかし、それが本当になってしまったのが悔やまれる。


せめて、Yおばちゃんに「今までありがとうございまいした!」と言いたい。

旧友との再会

高校~大学時代の親友に会った。
ちょっと前にここで書いたが、彼は血液の癌にかかり、今年いっぱいで生まれてからずっと住んできた東京を離れ、奥さんの実家の岡山へ引っ越すことになった友だ。


以前、電話で話した時は、頭髪も抜け落ちて薬の副作用も起きたなどと聞いてので、あまりに風貌が変わっていたら何て声をかけよう、などと心配したが、昔と何も変わっていない風貌に安心した。
広告代理店で厳しい毎日ながらも、一生懸命に楽しみながら仕事をしていたが、そこも辞めたと言う。
ただ、これからは岡山へ行っても仕事は決まっているとのことななので、またも安心。


昼間から、ビール、ウォッカ、ラム、と飲んで昔話にも花を咲かせた。
一時期は、正直に言うとちょっと角の立つ話し方をする時期もあったが、病気を経験したことからだろうか、学生時代の彼と変わらぬポジティブで愉快なままだった。
ただ、今の病気の生存率と言う話を聞いたときは、ショックではあった。
この病気にかかった際の生存率の平均値というか目安というか、5年後で80%、10年後で50%だと言う。
「10年後に生きてるかは、わかんないからな~。」と笑いながら言ったが、そんな事は決して無いと願うばかりだ。
奴には、奥さんも子供もいる、両親も健在だ。
癌を克服して、天寿を全うしてほしい。

プロフィール

さむがい

Author:さむがい
四十路半ばにして大変です…。
現状を打開できるのか?押しつぶされるか?
不器用で小心者ながら、明るく努めたい東京在住の求職活動者。
(現在はフリーランスが数人集まっての起業で仕事再開中。)

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