迷って、悩んで、でも笑ったりもして…。
それは2007年・夏から。四十路半ばにして、失業、手術~入院(しかも痔!)という 「踏んだり蹴ったり」、「弱り目に祟り目」な不運を経験。それ以降、日々日常の中で、時に前向き、時に自棄な出来事たちを紹介しています…。

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2009 宮原学 ワンマンLIVE

宮原学。
この名前をどれだけの人が知っているだろう?
80年代にデビューした時は、日本でアメリカンR&Rを体現できる唯一の人材だと思った。
まだ10代だったと思うが日本人とは違うロックな声質。
折りしも、その頃のJ-POPシーンは佐野元春、尾崎豊と言ったブルース・スプリングスティーンごっこなアーティストが人気が出ていた。
片や、そんなファンとも被りつつ、違う世界感では渡辺美里、小比類巻かほる、と言った人たちがいて、そのファンとも多少被っていたと思う。
本当だったら、そんな人たちと同じ位の人気になれたかもしれない。
ただ、彼はB・スプリングスティーンより、70年代ロックが好きだったのだと思う。
なので、詞世界よりも、ギターのリフや、その野太いヴォーカル自体がすでに世界を作っていた。
彼の一番の代名詞となった「ウイズアウト・ユー」という曲は、本当に名曲だと思う。
しかし、彼はそれ以降ヒットにも恵まれなかった。
その後、体調を崩すアクシデントがあったり、今日までしばらく表舞台から消えた。


その宮原学が、何年ぶりかにワンマンライヴを、昨日(8/1)高円寺のライブハウス「ショーボート」で行なった。
決して大きくないハウスだが、お客さんは満員状態。
決して忘れられてはいないかった、と思うと何故か嬉しい気持ちになった。
開演時間を10分ほど過ぎた頃か、宮原学がステージに登場!
大歓声だ!
多くの人が彼の歌声を待っていたようだ。
「4ラウンド・ボーイ」でスタート。
「もう、アラフォーになると、天気に調子が左右されるんだよなー」などと言っていたようにもう40代になった。
その後、原曲とは全く違いシャッフル・スタイルの「ジャスト・ライク・レイン」や「アローン」、「シー・セッド」、「ウイズアウト・ユー」といったソロ時代のナンバーや、短期間だがレベッカのメンバーと作ったベイビーズ・ブレスのナンバーから「ロング・ウェイ・ホーム」、「ウイークエンド・オン・ザ・ロード」、「イン・ザ・ムーン」も披露。
途中、何度か即興の詞で歌ったり、ギターソロを長めに取ったりと「LIVE」なライヴであった。
また、アンコールでは元ラウドネスの二井原実がゲストでストーンズの「Jumpin’Juck Flash」などカバー曲をデュエットしていた。

なお今後はKISSAMA(キサマ)と言う3ピース・バンドで活動していくらしい。
ちなみにメンバーは宮原学(Vo、G)、小田原豊(Ds)、西山史晃(B)。
こちらの内容も楽しみだ!

宮原学オフィシャルWEBサイト
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Author:さむがい
四十路半ばにして大変です…。
現状を打開できるのか?押しつぶされるか?
不器用で小心者ながら、明るく努めたい東京在住の求職活動者。
(現在はフリーランスが数人集まっての起業で仕事再開中。)

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