迷って、悩んで、でも笑ったりもして…。
それは2007年・夏から。四十路半ばにして、失業、手術~入院(しかも痔!)という 「踏んだり蹴ったり」、「弱り目に祟り目」な不運を経験。それ以降、日々日常の中で、時に前向き、時に自棄な出来事たちを紹介しています…。

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女の人生は川~それを見習って(「怒りの葡萄」より)

 世間は相変わらず、人減らしの勢いを増している。
企業でも、そして病院でも人は少なくなっている。
それに引き換え、政治家は減ることもなく、質の低い政治家は増えている…。


 そんなさなか、テレビ放送した映画「怒りの葡萄」を、昨日ビデオで見た。
内容は、1939年のアメリカでオクラホマの貧しい農場大家族が土地を追われ、ビラに書かれた夢のカリフォルニアへと向かうが、待ち受けているのは予想を裏切る実情。
その事が家族の絆の強さと弱さを描きつつも社会派メッセージを持った作品にもなっている。
 家族がオクラホマを去る理由は3つ。
1、自然災害で砂嵐が増えて作物が育たなくなってしまう。
  このあたり、偶然にも現在の温暖化に伴う問題にも似ている。
2、地主の企業化と小作農民との契約が悪い結果となる。
  これまた、現在の雇用問題にぴったりと当てはまる。
3、最新機器投入により過剰労働力を削減。
  これまたしかりである!ちなみにここでの最新機器は「トラクター」です。
  この夢のような機械一台で何人もの人手による耕畑、収穫が可能となり、人手は無用となった。
すごい!1939年も2009年も全く同じだ!!
70年前にこのことを書いたジョン・スタインベックはこの作品でピューリッツァー賞を受賞した。
ならば更に進化した内容で現在のこの失職蔓延を誰かが鋭く斬るだろうか?


 家族はその過酷な生活&労働環境に何名かが死や逃亡により減っていく。
そして事あるごとに新たな労働場所をもとめ移動を繰り返す。
 最後は、移動の車中で初老の夫婦の会話で締められる。
まず、家族の一人からこの次も不安か?と尋ねられた母がこう答える。
「もう心配事なんてありゃしないさ。先を思ってくよくよ悩んだこともあった。誰もが敵に見えて見方なんていないってね。独りぼっちの迷子のような気分だった。」
すると父親が「お前が一家の柱だよ。わしにはもう無理だ。昔の事やもう帰れもしない故郷のこと振り返ってばかりの男だ。」と弱気につぶやく。
母親「男より女のほうが思い切りがいい。男は人生を区切って考える。家族が生まれ、死んで、
   農場を買い、そして失う。でも女の人生は川だよ。途中に渦も滝もあるけど、流れが止まること
   はない。女はそう考えるのさ。」
父親「それにしてもきつい人生だ。」
母親「そうね」とここではじめて微笑みを見せ「だから強くなれる。」
   そしてこう続ける「金持ちは子供が身代を潰せば終わり。でも、あたしたちはそうじゃない。
   たくましく生き続ける。永遠に生きる。それが民衆なんだよ。」
ここで映画は終わる。


 明快な答えではないかもしれないが、この母親の言葉は今の状況にもやはり当てはまる「答え」であろう。
今までもそうやってくぐり抜けて来た弱者たちがいたのだから、現在もやはりそうやってくぐり抜けて生きていけるんだと思いたくなる言葉だ。
 私もここのところついつい思うのは過去のことばかりではあるが、「川」はまず逆流しない、まして時の流れは逆流などしないのだから、この母親の言葉通り「人生は川」と思い生きていこうか。

 
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さむがい

Author:さむがい
四十路半ばにして大変です…。
現状を打開できるのか?押しつぶされるか?
不器用で小心者ながら、明るく努めたい東京在住の求職活動者。
(現在はフリーランスが数人集まっての起業で仕事再開中。)

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