迷って、悩んで、でも笑ったりもして…。
それは2007年・夏から。四十路半ばにして、失業、手術~入院(しかも痔!)という 「踏んだり蹴ったり」、「弱り目に祟り目」な不運を経験。それ以降、日々日常の中で、時に前向き、時に自棄な出来事たちを紹介しています…。

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祈りとは

この2日間、命にかかわる病気を克服し、復職の見込みがほぼ無いと思われた方と仕事をした。
彼は敬虔なクリスチャンで、神に祈ることで、神を信じることで、権威的な医師さえも「医学的に奇跡」と言わしめる復活となったと言う。


私は、ほぼ無神論者な立場で、困った時の神頼みなどもする典型的な出鱈目パターンの人間である。
しかし、この2日で思ったのは、「祈る」ことが絶望の中で光を見出せる行為であろうという事。
多くは「神」を信じ、その存在を肯定することで心の中のバランスを保ち、絶望にあったとしても落ち着きを取り戻すことができるのかと思う。
これは「神」を信じなくても、何かに祈る、祈る対象を持っていれば、同じことが言えるのではないか。
愛する人でも、自分のヒーローでも、ましてや自分自身であれば最強の人間になれることでしょう。
もちろん人でなくてもいいと思います。
絶望のどん底に落ちた時、何かに祈ることで、心のバランスを取り戻せるヒントがあるかもしれないと思った次第です。


ちょっと前に、テレビである人がヴィクトール・E・フランクル(オーストリアの精神医・脳外科医)が言った言葉を紹介していた。
「ガス室を作り人間を送りこむのも“人”。ガス室の中で最後まで祈り続け光を見出そうとするのも“人”であった。」
彼は第2次大戦中ガス室に入れられた経験をもつらしい。


出鱈目な人間の私は「祈り」を上手く利用してこれからも頑張ってみたいと思う。
そして祈りが通じた時、また新しい何かが見つけれるのかも知れない…。

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魔法使いになるには…(夢の裏側ツアー)

 昨日、テレビでフロリダのディズニー・ワールド・リゾートを取り上げた番組を見た。
ディズニーと言えばいつの時代も夢を与える最大最強のコンテンツだ。
 そんなディズニーが時代の流れなのか、ディズニー・ワールド・リゾートの裏側ツアーを始めたという。
裏を見せて新たな利益を得る算段か、それとも企業秘匿が過ぎるという声が出る前のリスク回避か?
 ツアーは5時間にも及ぶそうで、もちろんカメラは持ち込み禁止、16歳以下は不可、と夢を保つ条件はある。
そのため番組ではリポーターがそのツアーを体験し、その一部を話すという手法だったが、裏方のプロ意識とエンターテインメントに徹するために会社が意識を持たせる努力はすごい徹底しているというようなことを言っていた。
例えば、中には黄色いラインが常に地面に引かれてあり、そのラインを一歩でも超えたら、キャラクターに、キャストに徹するというようにしてあるそうだ。
 番組では何故、このような企画をディズニーがやり出したかを尋ねると、「舞台裏には“人”がいてどれだけの努力をしているかを伝えておくべきだろう、と思ったのです。」と説明。
確かに「夢」を見るのは「人」だけだろう。
奇跡を起すのも「人」だ。
 最後に番組はウォルト・ディズニーの言葉を紹介していた。
それは「本当の魔法、それは人なのです。」


 人でいる以上、誰もが本当は、魔法を使うこと、夢を叶えること、ができるはずなのだろう。

死と生に学んだ日(重いタイトルになってますが、、、)

 今日は考えさせられた2つの会に立ち合いました。


 今朝は、これまで何度となく仕事でお世話になった方のお父様のお葬式に参列。
そのお父様の訃報を聞いたのが一昨日、私の父の命日という偶然もあり、不思議な縁を感じた。
 式の最後にそのお父様が尽力していた地元の町内会長さんの挨拶で、故人は中卒で仕事の現場でずっと働いてきて45歳になったとき、定時制の中学に入学し、卒業すると、今度は高校へ進学し、卒業後にはなんと大学入学まで果たしたという立派な方でした。
 45歳。今の自分の年齢です。
今の私にもう一度学校へ通学し学ぼうというパワーはない。
いや、その気持ちはある。でも所詮うわべの気持ちにしか過ぎないと思う。
 そしてご家族代表として私の知人が挨拶をされた。
昔ながらの日本男児で口数は少なく、じっくり父親と話したことはなかったという。
しかし、無口で無骨な父の背中や生き様から学ぶべきものが今与えられました、と言う言葉に、世にいる多くの不器用な男性への最高の賞賛なのではと感じました。


 夜はひょんな事から、とても普段接することもないような権威あるお医者様との食事会に同席した。
声帯医学の第一人者の一色先生という80代ながらとても柔軟な心と頭をお持ちの方でした。
 先生はここ数年、NHKがずっと追い続けている、声を失った韓流オペラ歌手のベー・チェチョルさんの復帰のための執刀医をされた方です。
 ベー氏の手術は、普通の人が声が出るようになる手術と違い、プロの歌い手として使い物になる声帯への復帰手術ゆえ、そうとうなプレッシャーがあったようで、「本当は誰か、“私がやります”という言う奴が出てこんかなぁ」と思われていたそうです。
 言い換えれば、ダルビッシュ勇の腕が切断されたものをプロ野球選手として復帰するために元に戻すようなもの。(ダルビッシュ選手、変な例えに使用してすみません!)
 それは大変だったそうです。
そもそも声帯の手術の難しさは、例えれば、自分の皮膚にセロテープをしっかり貼って、上からカッターでセロテープだけを100%切り取るような神業が必要なのです。
それほどの難易度をはるかに凌ぐ高レベルの仕事を求められたのですから!
 ところが、世界的権威の教授は違うんですね。
やると決めたら、自分に課せられたプレッシャーとの対峙を、またプロ歌手が求める高度の蘇生術を楽しんだというのです!!
 いやぁ、プレッシャーに弱い自分からすると、「どうして、そんな風になれるの?!」という気持ちです。
 自分に与えられたフィールドでチャレンジする勇気を持つことが人生を楽しむ1歩なのかと痛感した夜でした。

女の人生は川~それを見習って(「怒りの葡萄」より)

 世間は相変わらず、人減らしの勢いを増している。
企業でも、そして病院でも人は少なくなっている。
それに引き換え、政治家は減ることもなく、質の低い政治家は増えている…。


 そんなさなか、テレビ放送した映画「怒りの葡萄」を、昨日ビデオで見た。
内容は、1939年のアメリカでオクラホマの貧しい農場大家族が土地を追われ、ビラに書かれた夢のカリフォルニアへと向かうが、待ち受けているのは予想を裏切る実情。
その事が家族の絆の強さと弱さを描きつつも社会派メッセージを持った作品にもなっている。
 家族がオクラホマを去る理由は3つ。
1、自然災害で砂嵐が増えて作物が育たなくなってしまう。
  このあたり、偶然にも現在の温暖化に伴う問題にも似ている。
2、地主の企業化と小作農民との契約が悪い結果となる。
  これまた、現在の雇用問題にぴったりと当てはまる。
3、最新機器投入により過剰労働力を削減。
  これまたしかりである!ちなみにここでの最新機器は「トラクター」です。
  この夢のような機械一台で何人もの人手による耕畑、収穫が可能となり、人手は無用となった。
すごい!1939年も2009年も全く同じだ!!
70年前にこのことを書いたジョン・スタインベックはこの作品でピューリッツァー賞を受賞した。
ならば更に進化した内容で現在のこの失職蔓延を誰かが鋭く斬るだろうか?


 家族はその過酷な生活&労働環境に何名かが死や逃亡により減っていく。
そして事あるごとに新たな労働場所をもとめ移動を繰り返す。
 最後は、移動の車中で初老の夫婦の会話で締められる。
まず、家族の一人からこの次も不安か?と尋ねられた母がこう答える。
「もう心配事なんてありゃしないさ。先を思ってくよくよ悩んだこともあった。誰もが敵に見えて見方なんていないってね。独りぼっちの迷子のような気分だった。」
すると父親が「お前が一家の柱だよ。わしにはもう無理だ。昔の事やもう帰れもしない故郷のこと振り返ってばかりの男だ。」と弱気につぶやく。
母親「男より女のほうが思い切りがいい。男は人生を区切って考える。家族が生まれ、死んで、
   農場を買い、そして失う。でも女の人生は川だよ。途中に渦も滝もあるけど、流れが止まること
   はない。女はそう考えるのさ。」
父親「それにしてもきつい人生だ。」
母親「そうね」とここではじめて微笑みを見せ「だから強くなれる。」
   そしてこう続ける「金持ちは子供が身代を潰せば終わり。でも、あたしたちはそうじゃない。
   たくましく生き続ける。永遠に生きる。それが民衆なんだよ。」
ここで映画は終わる。


 明快な答えではないかもしれないが、この母親の言葉は今の状況にもやはり当てはまる「答え」であろう。
今までもそうやってくぐり抜けて来た弱者たちがいたのだから、現在もやはりそうやってくぐり抜けて生きていけるんだと思いたくなる言葉だ。
 私もここのところついつい思うのは過去のことばかりではあるが、「川」はまず逆流しない、まして時の流れは逆流などしないのだから、この母親の言葉通り「人生は川」と思い生きていこうか。

 

「年をとるって面白ぇぞ!」

 今年、仕事でとあるマスコミ関係の方と知り合い、しかもその方が、私の前職の同僚ともとても親しいということで、一昨日3人で飲んだ。
 その時の話。

 その方が、最近では「夕陽評論家」としてマスコミに紹介されることが多い油井昌由樹氏と、以前仕事をされて以来、仲が良いそうだ。
(油井昌由樹氏は、私は黒澤作品に出る俳優さんと思っていたが、今はアウトドア関連の仕事など手広くいろいろと活動されているらしい。)
 その油井氏は非常にポジティブでパワフルな方らしく、その知人は油井さんを慕っている。
しかし、油井氏ももう60代くらいで、元気といえども老いが来る。
そして、胃を半分以上取らないとならない大病をされたらしい。
その時、油井氏は「ちょっとだけ胃を残して役に立つんですか?」と医師に尋ねたらしいのだが、医師からは「特に役に立つわけでもない」という旨の返事だったそう。
すると油井氏は「なら、全部取ってください。あとはあなたの言う事をきちんと守るので」という意志のもと摘出手術をさせたという。
 んー、気弱な私には言えないセリフだ。


 そして他にも、このセリフが。
「いやー、年をとるって面白ぇぞ!肩とか痛くて上がんねぇんだよ!若い時にはこんなことまるで経験できないから、年取ると新しい発見と出会えるんだ」的なことを言われたそうだ。
 ホント、ポジティブだ。
実際に私も、以前にも書いたが右肩が壊れているので、毎日何らかの痛みをごまかしたり、悩んだり、と面倒とばかり思うが、それを面白がれるのは、人としての器が大きい人物でないと出来ない。
 自分でも「時代を笑うくらいの気持ち」を持て、と自身に言い聞かすことはあったが、やはりいつもそんな余裕もないまま1日が過ぎていくばかりだ。
 自分自身の老いを楽しむ人はやはり圧倒的に少ないだろう。
でも、氏のように自分自身の故障さえも面白い現象と思える、そんな年齢の重ね方が出来たらいいなぁ…。
 

プロフィール

さむがい

Author:さむがい
四十路半ばにして大変です…。
現状を打開できるのか?押しつぶされるか?
不器用で小心者ながら、明るく努めたい東京在住の求職活動者。
(現在はフリーランスが数人集まっての起業で仕事再開中。)

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